下校の後に国木田と少し遠い駅のゲームセンターまで遊びに行ったその帰り。 同じ駅のホームに古泉が居た。少し離れたところで電車がくるのを待っている古泉を見て、 ちくしょう絵になるなコイツと思った。 何だか悔しいので話しかけないでおこうという気持ちと一人で寂しく帰りたくないという気持ちが争って、後者が勝った。

「おーい」

声をかけながら近寄ると、ゆるりと首を動かしてこちらを見た。無表情だった顔がいつものように、にこりと笑った。 谷口くん、でしたよね。おう、こんな時間まで寄り道か? ええまぁ、少し用事がありまして。 会話をしつつ観察すると疲れているらしい。こんなやつだったかなと思わず首を傾げそうになった。

「国木田とゲーセン行ってたんだ、あ、国木田って知ってる? あいつもキョンと同じクラス。そいつクレーンゲーム強くてさ」

電車に乗り込んでからも一方的に話しかけた。 古泉は想像していたよりずっと良い人で、嫌な顔一つせず興味深げに話をきいては相づちを打った。

「おれ、お前のこと嫌な奴だと思ってた」

「よく言われます」

「だってなあ、顔が良くてスタイル良くて勉強が出来て女子にモテモテって、神様どんだけこいつを好きなんだ、って」

「……僕は、谷口くんとお話をしてみたかったので、今日話せて嬉しいです」

「お前、良いやつだなあ」

「それはあまり言われませんね」

息を吐きながら小さく笑う、こいつの笑い方が好きだ。 何だか嬉しくなってイヒヒと笑う。国木田からも汚いと言われるおれの笑い方を見て、また古泉はおれの好きな笑い方で笑った。 こいつとおれは友達になれるな、と感じた。そうなりたいとも思った。


混んできた車内で声を潜めながら話し続けていると、古泉の顔がだんだんと曇ってきた。 顔を覗き込むと、なんでもないです、と笑って誤魔化された。
具合が悪いのか、話に飽きたのか。古泉の眉間にシワが寄っていく。

ちょうど駅に到着してドアが開いた。それと同時に突然、古泉がサラリーマンを掻き分けて出ていった。

「ちょ、ま、古泉!?」

降りる駅ではないが、思わず後を追ってしまった。背後でドアが閉まる。

「どうした、大丈夫か、腹でも痛いのか」

背中を向けて俯いたまま古泉は、すみません、大丈夫です、お腹は痛くないです、と首を振った。

「じゃあなんだよ、痴漢にでもあったのか」

「はい」

「……マジでか」

「チャックまで下ろされたのは初めてで、思わず降りてしまいました」

「そ……か、イケメンは大変だな……」

「という訳ですので、トイレへ行って直してきますので、谷口くんはどうぞお先にお帰り下さい。 一緒に降りさせてしまってすみませんでした」

背中を向けたままの古泉の腕を掴んで、人影のないホームの端まで連れて行く。

「盾になって隠してるから、その隙に直しちまえ」

少しの沈黙の後、すみません、ありがとうございます、と古泉が言う。 それから背後からチャックを上げ直す音が聞こえた。おれは脳天気にもなんか卑猥だなと思った。

「もう大丈夫です、ありがとうございました」

振り向むと、恥ずかしさと悔しさが混ざったような表情をした古泉が居た。

( ……綺麗な生き物だなあ。 )

もう帰りましょう、と古泉が言い出すまでずっとその顔を見ていた。


翌日の朝、下駄箱で古泉と鉢合わせた。後ろに、欠伸をしながら自転車を漕ぐキョンの姿が見える。
おう、おはよう。おはようございます。 ボンッと上履きを床へ落とすおれとは対照的に古泉は丁寧に上履きを床へ置いた。

「昨日は谷口くんと話せて楽しかったです」

「なんだお前は、そんなことを言って、おれのハートを射抜く気か」

追いついたキョンが眠たそうに、知り合いだったのかお前ら、と言った。

「あぁ、そう、昨日駅で」

あの時の、背中越しにチャックを上げる音を思い出した。頭の中でヂヂヂと音がする。

「ええ、友達です」

ね、と古泉が笑った。昨日の疲れた顔ともあの時の顔とも、全然違う顔だった。
急に、恥ずかしさと悔しさが込み上げた。何だろうこの気持ちは。何で今なんだ。

「そうそう、昨日からな」

突如湧いた謎の気持ちを振り払いたくて、笑った。 あいつはそのイヒヒという笑いを見てまた、おれの好きな笑い方で笑う。
そんなおれ達を見てキョンがどうでもよさそうに、気持ち悪い上に後ろつまってるぞ、と言って大きく欠伸をした。



『駅で』
08/11/29