蝉の声が頭の中でぐわんぐわんと鳴り響く。
木の上から敵方の組の動きを観察するために気配を消して、じっとしている横で、幹に止まった蝉がやかましく鳴いている。
耳を塞ぎたい衝動を抑えて、流れる汗をそっと拭う。
嗚呼、苛々する。うるさい。うるさい。うるさい。
一秒でも早く演習が終わってくれることを願って、静かに、深く息を吸い込んだ。


「こいつらがまだ土の中で眠っていて、これから次々に出てくるのかと思うと、ぞっとする」

「そう言ってやるな。かわいそうじゃないか」

「こんなやつら、生き埋めになってしまえばいい」

「命は大事にしないと。人も虫も、平等だからね」

暑い日差しの下の演習が終わり、風呂に入ってから、文次郎と共に傷の治療を受けていた。
文次郎の足に包帯を手早く巻く伊作の手をぼんやり見ていると、伊作がこちらを向いて、笑った。

「もうすぐ夏も終わる。嫌でもそのうち止むよ」

伊作の言葉に文次郎が、せめて、と呟いた。

「せめて夏の間だけでも、思いきり生きて鳴いてほしいものだな」

文次郎は優しいなぁ、顔に似合わず。うるさい。 お前が蝉ならきっとギンギンうるさいだろうな。うるさい、いや、うるさくない! どっちだ。あはは。

文次郎の治療に戻る伊作の背中にもたれ掛かって、目を閉じた。
昼間の蝉の声が頭に蘇ってくる。
生きたい、生きたい、と鳴いている。そう聞こえた。



***



今日の温度を声高に繰り返し告げるニュースを黙らせるためにTVの電源を切る。
クーラーの聞いた部屋の中まで響く蝉の声がさらに大きくなった。
レポートの為に読んでいた本を文字通り投げ出す。
うるさい。うるさい。

窓ガラスにはりついて鳴いている蝉を追い払うために、思いきり窓を開け放つ。
ジジッ。不満げにひと鳴きして、どこかへ飛んでいった。
窓を開けて一気にうるさくなった鳴き声に、自然と眉間に深くシワが寄る。

家から少し離れたところにある道路に目がいった。
コンクリートが剥き出しの、工事中の道路。どうやら今日は休みらしい。
ここ最近、蝉の声と工事の音が重なって、家から逃げ出し、文次郎の家に日が暮れるまで居座る日々だった。

不意に思い出した。
 こんな奴ら、生き埋めになってしまえばいい。
いつ、どこで、誰が。
 命は大事にしないと。人も虫も、平等だからね。
これは、何。


生き埋め。薬の臭い。

耳に痛い、蝉の、声。濃緑の服と長い髪。

生きたい生きたい、と、泣いている。あいつらの、笑う声。


気が付くと電話をかけていた。伊作は9コール目に出て気怠げに、なに、と言った。

『どしたの』

「蝉が死んでる」

『どこで』

「俺の、足下で」

『踏んだの』

「違う。でも、そうなる」

『…………。』

電話の向こうで、何かを飲む音が聞こえた。
ややあって、伊作が言った。

『知ってるかい。蝉は7年もの月日を土の中で過ごすんだ。7年あれば、景色なんて変わる。あっという間にね』

「なにを、」

『分からない?』

嘲笑を込めた声で、言った。

ビルの下に、道路の下に、学校の下に、君の家の下に、僕の家の下に、君の下に、僕の下に、何千何万の蝉たちが生き埋めになってるんだよ。
ずっとずっと昔、君は、こうなることを望んでいたね。現実になった気分はどう?

『なんて、覚えてないか』

それきり切れた電話が、手から滑り落ちて、床に音を立てて転がった。

汗が額から頬へ流れて、服に染みこむ。耳に痛い蝉の声。
窓から入り込む風が冷房の効いた部屋を温くする。

頭の中に、伊作の、わらう顔が浮かんで、

足下が崩れた。



『ダウンロード』
09/1/24