※人が死んでます。人を殺します。
血や傷の描写があります。苦手な人はご注意ください。



ざあ。ざあ。じゃく。じゃく。

今日の分のタコ壺掘りを終えた私はいつものようにお腹がすいたなぁ今日の夕餉はなにかしらと腹をさすりながら歩いていた。 食堂からの醤油の匂いが、夕暮れに染まる校庭の隅にまで漂ってきている。 今日は朝からずっと実技の授業ばかりで穴を掘る時間があまりなかったから、明日は多めに掘ろうかな。 なんて。思っていたら。ざあ。ざあ。じゃく。じゃく。 さっきから、土を掘る音が続いている。なんだろう、誰だろう。 少しばかりめんどくさいなぁと思いながら音のする方へ歩んでいくと、校庭の隅の隅のそのまた隅の薄暗がりに、 タカ丸さんがいた。 両膝と片手をついた体勢で、苦無で地面を掘っている。ざあざあじゃくじゃく、ざあざあじゃくじゃく。 違った。掘ってはいない。刺していた。 タカ丸さんは、両膝と片手をついて地面を苦無で刺していた。何度も何度も。 ざあざあじゃくじゃく。ざあざあじゃくじゃく。 変な人だなぁなんて思ったりはしない、だって私もよく、地面を掘っているのか刺しているのか分からなくなるから。
よくよく見てみると地面に盛った土で作られた人形に苦無を振り下ろしている。ざあ、ざあ。じゃく、じゃく。 同じように何度も。何度も。繰り返し。

その手を止めて額を拭う仕草をしたところで、草木や石を蹴りながら近寄る。 音で私に気づいたタカ丸さんは、おやあ喜八郎くんだ。と、言った。変な人だなぁ。
暗いところで何かしてると目を悪くしますよ、と私は言った。 これは前に、時間を忘れて穴を掘っていた時に誰かから言われた言葉だ。 そうだね、と返答しながらタカ丸さんは深く息を吐き出しながらぺたりと腰を下ろした。苦無は握ったまま。

「人を、ね。うまく殺せなかったんだ」

夕暮れ時の校庭の隅の隅のそのまた隅の、暗がりの中。

「今日の授業は合戦場見学でね、 おれはまだ忍者の勉強をし始めて日が浅くて危ないから今日は皆よりも遠くで見学してなさいって言われたんだ。 だから少し離れたところで見ていたんだよ。そうしたらね、人が来たんだ。その人は背中に矢が刺さっていて、 腕も足もお腹も切り傷だらけで、頭の傷から流れた血で片目が真っ赤に染まってた。その人、言ったんだ。おれに。 殺してくれって。痛くて痛くて堪らないから、怖いけれど、辛いけれど、痛いから、殺してくれ。って。 でもおれ、辻刈りの経験ならあるけど辻斬りの経験はないし、ついこの間までただの髪結い師だったから、 こういう時どうしたらいいのかわかんなくて。 困ったなぁどうしよう先生呼ぶべきかなぁなんて思って……嘘、今嘘ついた。思いもしなかったんだ。 何も思わずに、これ、握ったんだ」

苦無を握り直しながら、タカ丸さんは喋る。喋る。喋る。

「だけど、うまくいかなかったんだ。上手に殺せなかった。首――おれの知ってる数少ない急所を狙ったんだけど、 そこに突き刺したんだけど、その人、痛がらせてしまった。 だから今度は心臓を突いた。けど、また、痛い痛いって言わせてしまった。 その人はそれから少しして、やっぱり、痛いって言いながら息をしなくなった。 痛いから楽にしてくれって言われたのに、痛いまま、さらに痛いことをしてしまったんだ」

また地面の人形に腕を振り下ろした。じゃくり。地面が泣いた。

「だから次はちゃんと一度で殺せるようにしたいんだ。 痛いのはおれも嫌だもの。誰も彼も、嫌だもの。だから練習してるんだ。ちゃんと殺せるように」

ざあざあじゃくじゃく。刺される度に地面が泣く。

「でも困ったことがあって」

振り上げた腕をとめて、タカ丸さんがへらりと笑った。

「こうして、いるとね。おれ、頭がおかしくなった人みたいに見えるだろうなって思えてくるんだ。 そう思ったら何だか本当におかしくなっちゃったんじゃないかって、不安だったんだよ。 だから、喜八郎くんが来てくれて良かった。おれまだ、頭おかしくないよね」

「さあ、どうでしょうね。私の頭がおかしいかもしれないから、どうとも言えません」

「そっかあ。難しいんだね。……ねえ、これ、いつ止められるかなぁ」

地面はまた泣いている。タカ丸さんはもう笑っていなかった。

「これ、止めたいんだよ。でもまだちゃんと殺せないから、止められないんだ」

ざあ。ざあ。じゃくじゃく。

「殺したら終わりますよ」

ざあざあ。じゃく。じゃく。

「殺せないんだ。終わらないんだよ」

ざあざあじゃくじゃくじゃくじゃくざあざあ。

「おやまあ、困りましたね」

肘置きにしていた鋤子を握って立ち上がる。それから、土の人形の、恐らく喉の部分で手を離した。 鋤子はお行儀良く土の喉に突き刺さった。タカ丸さんは腕を振り上げたまま、人型から鋤子を辿って、私を見た。 少し口が開いていた。きっと口の中は砂でじゃりじゃりだろうなあ。

「地面の泣き声があんまりにも五月蝿いから、私がとどめをさしました」

「……じゃあ終わったの?」

「はい、終わりました」

「そうかあ。おれは、まだきっと、ちゃんとは殺せないねぇ……困ったなぁ」

「そんなすぐに人をうまく殺せるようになったら実技の授業なんていりません」

ああそっかぁ、と頷いてタカ丸さんは立ち上がった。 長い時間同じ姿勢を続けていたせいで足が痺れているらしく、ふらりふらりと頼りない。 すん、と鼻を鳴らす。ああ今日の夕餉はなんだろうなあ。
喜八郎、と呼ばれた。

「あのね、さっきの、ね。 ただの土なのに、途中から自分を刺しているみたいで、悲しかったんだ。自分で自分を殺すようで、痛かった。 人をうまく殺す練習してる奴がそんなこと思うの変だって、思うのにね」

「誰だって自分が痛いのは嫌です。さっきタカ丸さんも言っていたじゃないですか、誰も彼も痛いのは嫌だって。 それに、あれが土だろうとタカ丸さんだろうとそれ以外の人間であろうと、なにものであろうと、私がとどめをさしました。 もう終わりました。あとは埋葬するだけです。鋤子がちゃんとやってくれます」

人の形をした土を鋤子でばさりとひっくり返す。大した手間もなく人形の死体は跡形もなく、埋葬された。

「タカ丸さん、夕餉の匂いがしてきましたよ。お腹すきましたね」

タカ丸さんはまだ足の痺れがとれないようで、墓の前から動けないでいる。 私はお腹がすいてすいて仕方がないから、タカ丸さんを置いて食堂へ向かうことにする。 こんなにお腹がすいているんだから、タカ丸さんの分も食べてしまうかもしれない。

「タカ丸さん、私先にいきますね」

「うん分かった。僕の分、食べちゃわないでね」

「そんなことしますん」

「食べないでね」

もう夕暮れも過ぎて真っ暗だった。鋤子を肩に背負って、食堂へ向かう。
ぐぎゃるるる。腹の虫が鳴いた。お腹すいたなぁ。今日の夕餉はなんだろうなぁ。
後ろを振り返ると真っ暗闇の中で何も見えなかった。まだあそこに座ってるだろうタカ丸さんの頭すら見えない。 でも私は、もうあそこへは行かない。だって私は、お腹がすいた。

「お腹がすいた。お腹がすいた。お腹がすいた」

言葉にするとよりいっそう空腹感が高まってくる。ああでもこのまま食堂へ行ったら、滝夜叉丸に怒られるなぁ。 手はちゃんと洗ったのか、土だらけじゃないか、ちゃんとはたいてきなさい、 鋤子ちゃんも置いてこいっていつも言っているだろう、ほらちゃんと噛んで食べなさい!って、言うんだろうな。

私は、今日の夕餉のこと、滝夜叉丸の怒って呆れてそれから笑う顔、あと自分が死ぬときのことを考えた。 けど、やっぱりお腹すいたし、私は考えることが好きだけど下手だから、それについて考えるのを止めた。 私はまだ、生きている。今日も生きて、夕餉を楽しみにしている。明日も生きる。明日は多めに穴を掘る。 そういう予定だ。

さっきまで居た場所から夜の闇がすぐそこまで広がっている。
今日はふたり死んだらしい。あの暗がりの中で、今日はふたり。

身体の向きをかえて、今度こそ食堂へ足を運ぶ。
私は生きている。お腹がすいている。

私は明日も生きるために、夕餉の匂いを嗅ぎに行く。



『一人』
10/5/11