「おーい、ドギー。下ばっか向いてたら撮れないんですけれどもぉ」
「…………。」
本格的な機材に囲まれて、ムーンドギーはライトの下で硬直していた。
ガッチガチに緊張して顔もあげられない被写体とマヌケなほどに明るい背景のイラストが、見事に合っていない。
「ドギー兄さぁん、撮影が長引いちゃいますよー?」
機材を運びながらレントンが俯いているモデルに声をかける。
「お前……あっちいってろ!」
顔を赤くして声を荒げると、レントンの代わりにストナーが「こいつ、レフ板担当」と短く答えた。
「突っ立ってるだけでいいからせめてカメラを見ろ」
着ぐるみの頭部を小脇に抱えたムーンドギーは、嫌そうにカメラを見た。
瞬間、フラッシュが光る。
「おいドギー、表紙に使うんだから、もっと良い顔しろ」
ウサギの着ぐるみで、髪の毛をフワフワにセットして前髪をピンで留めたムーンドギーが、カメラに向けてぎこちなく口の端を上げた。
「うわぁ、ドギー兄さん、これ以上ないくらい笑顔が引きつってる」
「うるせ……ッ、あっちいっでろ!」
ストナーのため息が即席のスタジオに響いた。
「……もう、笑顔はいいから。普通にカメラを見てくれればそれでいいから」
* * *
■■■ アイデア提供・ギジェット 希望洋服・ふわふわトップス&大きめカーディガン
「もしかして、もしかしなくたってこれは」
鏡に映る自分は、薄手でフワフワとした黄緑のトップスに黄色のカーディガンを着て、
グレーのパンツに焦げ茶色のブーツを履いている。これはまさしく、
「そう、女物です」
似合ってるわよ、とヒルダが付け足した。
「コンセプトが突然変わっちゃって、昨日決めた服も全部無しになったの」
トップスの胸元に付いている白いリボンをどうにかして取ろうとしているムーンドギーを見て、
タルホは笑い出しそうになるのを必死に我慢しながら、説明した。
「題して『newアイドルは、男の子? 女の子?』だって」
途端にムーンドギーはリボンのことを忘れて、ハァァァ!? と声を荒らげた。
「意味が、まったく、わがんねぇ」
「あんたがそう言うと思って、私達も止めたんだけどね」
「そうそう」
「なんでどうして、誰が決めたの!?」
「ハップが面白いからって、ね?」
「うん」
「面白くない、ちっとも全然、面白くない」
男物もちゃんと着るから大丈夫よ、とヒルダは言うが、
このままでは確実にスカートまで着させられてしまう、とムーンドギーは瞬時に察した。
「スカートは!スカートだけはっ!!オレ、イヤだ、絶対着ない!!!」
首がもげそうな勢いで首を横に振りながら抗議する。
そんなムーンドギーを見て、タルホとヒルダは顔を見合わせてニヤリと笑った。
■■■ アイデア提供・タルホ&ヒルダ 希望洋服・とりあえず、スカート
嫌な予感は見事に的中した。
「最悪だ」
身体のラインがくっきりと分かるピンクのカットソーに白のロングスカートを穿いたムーンドギーは、
透明のグロスが塗られた唇をアヒルのように突き出して、拗ねていた。
「オレちゃんとイヤだって言ったのに、ちゃんと言ったのに」
細い鎖のアンクレットの付いた裸足の右足で床をダンダンと踏みならす。
( スカートだけは絶対イヤだって、オレ、ちゃんと言ったのに! )
眉根を寄せて顔中に不機嫌さを浮かべているムーンドギーにギジェットは明るい声で、
「ドギー、超似合ってるよ!」
( 嬉しくねぇー……。 )
キャッキャとはしゃぐギジェットを眺めながら、深くため息をついた。
■■■ アイデア提供・マシュー 希望洋服・短パンとグローブ
「…………。」
「良かったじゃないですか、今度はちゃんと男物ですよ」
真っ赤な短パンに白のTシャツで黒のボクサーシューズ。そしてとどめは、真っ赤なボクシンググローブ。
「ほんとにそう思うか、レントン」
「…………。」
鏡の前で、無言で立ち尽くしているムーンドギーを、ドアの隙間から笑っている者が居た。
「……あのさ、さっきから、見えてるんだよね、頭がさ」
喉の奥から絞り出されたムーンドギーのその声はちゃんと覗いていた人物達に届いたようで、
ドアから、タルホとマシュー、そしてハップが遠慮無く現れた。
「いやぁムーンドギー君、よぉく似合ってるじゃないのぉ」
「もうここまできたらコスプレよねコスプレ」
「どうせだったらもっとそっち系に走っておくべきだったか」
言いたい放題言いながら、笑いたい放題笑っている。
「ぐはっ!!」
八つ当たりとして、とりあえずレントンに渾身のアッパーをお見舞いする。
「ドギー兄さん、いきなり酷いじゃないですかっ!」
「なにが酷いだ!おめ、いま隠れで笑っでたろ!!」
「だってしょうがないじゃないですか」
「だってって……やっぱ笑っでたってことだな!?」
わざわざカメラマンであるストナーが呼びに来るまで、ムーンドギーは逃げるレントンを追いかけ回していた。
■■■ アイデア提供・レントン 希望洋服・都市型迷彩(ヘルメット無し)
「おいおいレントン、随分地味なのを選んだなぁ」
「色物系ばっかりじゃさすがに可哀相ですからね」
今度はリフをしているところを撮るべく外へ出た。
「さ、思う存分リフしてくれや」
「もうポーズとかとらねぇでいいの?」
「そう。お前さんの苦手な『ポーズ』はもうとらないでいいから。気楽にリフしてればそれでいいんだ」
ポーズをとらなくていいという言葉を聞いて、ムーンドギーは嬉しそうにボードを抱えて走り出した。
「あーあー、あんなに良い顔しちゃってまぁ。そーんなにポーズとんのが嫌だったのねぇ」
「ドギー兄さんって写真を撮られると魂抜かれるとかそういう迷信、無駄に信じてそうですよね」
「あー、有り得るかも」
マシューとレントンは、最高の笑顔で楽しそうにリフをしているムーンドギーに生暖かい笑顔を向けた。
「でもこれも充分、色物系だよな」
「そうですね」
■■■ アイデア提供・ジョブス 希望洋服・フリル付きブラウスと細身の黒いパンツ
「うん、とっても良く似合ってる」
満足そうに頷いているジョブスの言葉にムーンドギーも嬉しくなってもう一度、鏡に映る自分を見た。
男が着てもおかしくない程度にフリルの付いた白いブラウスと、細身の黒いズボン、そして磨き上げられた靴。
( なんか、バイオリン弾けそうな感じ……。 )
首もとに青に輝くベルベッドの黒いリボンタイを手際良く結ばれた。
「オレ、いま、お上品だ」
リボンタイを見下ろしながら言うと、ジョブスは、そうだね、と笑った。
「髪の色がよく栄えていて、本当に良く似合っているよ」
貴族の息子だと言ってもきっと誰も疑わないさ、と言って、サングラスの向こうの瞳がウィンクを飛ばした。
「良かったじゃない」
即席のスタジオに入って早々に、タルホから声をかけられた。
「まだ聞いてない? 今回はあんた1人じゃないの。だから、寂しくないわよ」
指さされた方へ視線をやると、白いエプロンドレスを着て髪にリボンを飾ったメーテルが、
どこから持ってきたのか分からないアンティークの椅子にお行儀良く座って居た。
「兄妹設定の写真なんですって」
「オレとメーテルが?」
「お兄ちゃんらしいところ、見せてよね」
タルホに背中をバンバンと叩かれた。転びそうになるのを堪えて、部屋の中央へ歩いていく。
メーテルの髪を整えていたヒルダがムーンドギーに気が付いた。つま先から髪の毛先までじっくりと見て、
「うん、よく似合ってるわ」
「ありがとう」
メーテルに服の裾を掴まれた。
目線を合わせるために腰を屈める。
「きょう、いっしょにおしゃしんとるんだって」
「うん」
「あたしのおようふく、にあう?」
「うん」
「それだけ?」
「かわいい、よ。すごく」
「……ドギーは、かっこいいよ」
「そっかな」
「いつもそのかっこうでいたらいいのに」
少し照れながら、メーテルが言う。
「そしたら、あたしのおにいちゃんになってもいいよ」
ムーンドギーは、その言葉の意味がよく分からなくて、誤魔化すように笑って首を傾げた。
* * *
カシャッ、カシャッ、ジャー……、カシャッ。
小気味よいカメラのシャッター音が響く。
ストナーの構えたカメラが、アンティークの椅子に座ったメーテルと寄り添うムーンドギーを写している。
メーテルはもう撮られることに慣れたのか、リラックスしていて、いつものように可愛らしい笑顔を浮かべている。
「ドォーギィー」
「わ、わがっでる!」
ストナーの呆れ声に返事をしてから、深呼吸をする。
メーテルと目があい、笑顔を向けられた。それに応えるように、ムーンドギーも小さく笑ってみせた。
「良かった、やっぱり1人より2人の方が良いみたい」
即席スタジオの暗がりで、衣装メイク担当のヒルダと総監督のホランドは飲み物を片手に撮影を見物していた。
「緊張してはいるけど、いまの方がずっとやりやすそう」
「そうか」
「いままでの撮影も見に来れば良かったのに」
「仕事があったんだよ」
「仕事って何よ」
「ストナーがここぞとばかりに雑用を押し付けてきたんだ」
「どうしてリーダーが雑用なんか」
「レントンはレフ板、ドギーはモデル。雑用係が出払ってるってんで、おれに回ってきた」
「あぁー……、なるほどね」
そこへジョブスがやって来てヒルダに、エウレカが呼んでいると耳打ちした。
ヒルダは礼を言ってから、ドアの横に立っているエウレカのもとへ走っていった。
「あれ選んだの、あんただよな」
「そう。我ながらナイスなチョイスだったと思っているよ」
「馬子にも衣装」
「そんなことないさ」
「生意気な恰好だ」
ぼそりと呟かれた言葉にジョブスは遠慮無く笑った。
「見慣れていないから」
「見慣れてたまるか。あいつはいつのも服で充分だ」
「充分って、どういう意味?」
サングラスの向こうの瞳が不思議そうに見開かれた。
言葉に詰まって口を尖らせてそっぽを向くと、ジョブスが、あぁそうか、と言った。
「照れ隠しか」
違う、とも、そうだ、とも言えずホランドは眉間に盛大にシワを寄せた。
「彼は顔立ちが良いから、ああいう恰好がとても良く似合う」
「おれのがもっと似合うね」
「え、聞こえない」
「てめ、おちょくってんのか」
「リーダー」
ニコニコと微笑んだまま、口元に指をたてる。大人が子供を静かにさせる時の仕草だ。
「もう少し声を小さくしないと、ストナーかレントンに追い出されるよ」
悔しそうに眉を寄せるホランドをジョブスは上品にクスクスと笑った。
「彼の良さを知っているのは、何も貴方だけじゃないという事さ」
ジョブスの言った言葉の意味が分からず、首を傾げる。
「あぁ、ほら、見て。シャッターと同時にくしゃみをしてストナーに叱られてる。可愛いね」
「……マヌケなだけだろ」
「彼が今とても際立って見えるのは、普段がぼんやりとした存在だからだろうね」
「おれには関係ない」
「そりゃそうだ」
喉の奥にひっかけるように笑ってから、独り言だもの、と続けられた。
「なら、ここじゃないどこかで言ってろ。おれにそれを言うな」
「最近、リーダーがよくあの子を目で追っていたから、僕もあの子を目で追うようにしてみたんだ」
「……んなことした覚えはねえな」
ホランドの言うことなど関係ないといった風に、ジョブスは構わず続けた。
「僕は美しいものが好きだ。それが機械でも人でも数式でも自然物でも」
「何が言いたい」
「分からないかな」
「あ?」
「彼は綺麗だよ」
この言葉に深い意味はないけれどね、と付け加えて、ジョブスは邪気のない笑みを浮かべた。
「……おれには、関係ない」
吐き捨てるように出した言葉を、もうジョブスは聞いていなかった。
視線の先を辿る。
メーテルの髪を結んでいるリボンが解けかかっているのに気が付いて、それをムーンドギーが直していた。
少し俯いて、優しくリボンを結び直す。
不器用なのか、決してうまく結び直せているわけではなく、縦結びになってしまったりしている。
ストナーはその間もシャッターを切り続けている。
何度目も結び直しを繰り返して、ようやくちゃんと結ぶことが出来た。
またすぐ解けたりしないようにリボンの端と端を引っ張る。
( あ。 )
視線の先で、ムーンドギーが微笑んだ。優しく、柔らかく、静かに滲み出るように。
意識して微笑んでいるわけではない、自然な笑みが彼の整った顔に浮かんでいる。
彼は綺麗だよ
ジョブスを見上げると、やはり、ムーンドギーの表情に目を奪われていた。
思い出したようなシャッター音が部屋に響いた。
廊下を目的もなく歩いているとムーンドギーと出くわした。
機嫌が良いのか、ホランドの顔を見てすぐムーンドギーは笑顔になった。
「……お疲れ」
「ありがとう。やっと全部終わって、いま、着替えにいこうと思ってたんだ」
ムーンドギーの顔がいつもより白いことに気が付いた。よくよく見ると、唇もほのかにピンク色をしている。
「お前、化粧してんのか?」
気づかれたのが恥ずかしいのか、隠すように顔を下に向けた。
「いやだって言ったけど、タルホがどうすてもって……」
持っているタオルが手の中でぐしゃぐしゃになっていく。
「でも、ほんとにちっとしかしてねっがら、近寄らねと、あんま……分がんねと思う」
彼は綺麗だよ
「ええと、変だって自分で分がっでるから、おかしかったら、笑ってくれて全然いいから」
「…………、」
「……リーダー?」
“分からないかな”
「――っ!」
握りしめていた手で、ムーンドギーの腕を掴んだ。
わけが分からなかった。
突然、腕を掴まれて、廊下を引きずるように、引っ張られて歩かされている。
「……ッ…!」
声が出ない。ホランドが醸し出す嫌な気配が、「痛い」という声も「止めて」という声も、塞いでしまっている。
わけが、分からなかった。
男子トイレに到着し、ホランドが足を使って扉を開ける。ガダンッ、と大きな音が廊下中に響いた。
その音にムーンドギーの肩が大きく飛び跳ねる。
それに構う素振りさえ見せずに、わけが分からず混乱して怯えるムーンドギーの顔を洗面台に押さえつけた。
目の前に突然、排水溝がドアップで現れた。
「な、え? ――ちょッ…」
いまから何をされるのか、全く分からない。分からないから、怖い。
動こうにも彼の行動の意図が分からなくて動けない。藻掻こうにも押さえつけられていて藻掻けない。
ただ混乱のままに、声を漏らすしかムーンドギーに出来ることはなかった。
「ホ、ランド…? オレ、また、なんかッ」
“彼“ は何も、答えなかった。
キュ、という音が耳元でしたと思った瞬間、頭全体が冷たくなった。
「え、え、え、これ、水…ッ!?」
勢い良く水が髪を濡らした。ホランドの手が乱暴に頭をかき回す。
「痛ッ…いだ、いだいいだいいだい!いだだだだだだ!」
髪が終わって、今度は顔をゴシゴシと擦られる。
鼻に水が入って思い切りむせた。
水が止められ、頭を押さえつけていた手が離れ、ムーンドギーの身体は力なく洗面台から床へずるりと落ちた。
「ゴフ…ッ、ふ…、ゲホッ」
呆然とホランドを見上げる。
「――なんで、」
ホランドは立ったまま何も言わずに、床にペタンと座り込んで咳き込むムーンドギーを見下ろしていた。
綺麗にセットされていた髪もメイクされていた顔も、水でぐちゃぐちゃになっている。
先程ムーンドギーの手の中にあったタオルを床から拾い上げて、ムーンドギーの前にしゃがみ込む。
ぼんやりと見つめてくるその顔をゴシゴシと拭う。
「いだ、いだだだ、ちょっと、待って、苦しい…!」
顔を拭き終わるとそのまま髪をかき回すように拭く。タオルがびしょ濡れになったところで、手を止めた。
濡れた髪を後ろへ撫で付け、顔がよく見えるようにする。
乱暴に擦ったせいで鼻も瞼も赤くなり、唇も普段より色づいていた。
髪から頬へ流れる水雫を指で拭い、冷たくなった頬に手を当てて、引き寄せる。
唇が触れそうになった瞬間、ムーンドギーの身体が大きく跳ねた。
「――……あ、」
ホランドもムーンドギーも、目を丸くして、瞬きを繰り返した。
「…………。」
「…………。」
そして、
「……――!!!!」
ガタンッと大きな音をたてて、ホランドはトイレから出ていった。
残されたムーンドギーは現状が理解しきれず、髪から伝う雫の数を数えた。
( なんだったんだろ…。 )
分からない。
頬を伝うのが水なのか涙なのかすら分からなかった。
つづく
急展開。詰め込みすぎな気がするけど、しょうがない。それにしても酷いやホランド(自分で書いておいて)
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