「お」
「うわぁ」
出会い頭に、目があった途端、一発。
バチーン。
「だ、だから!」
黙ってこちらを観察するホランドの前でムーンドギーは、叩かれた頬を押さえて涙を溜めながら、
「何で叩かれなきゃいけないんだよ!なんっっっにも!してないのに!!」
と思いっきり怒鳴ってやれたらいいのになぁと、痛みを堪えながら思った。
( 怒鳴ったら怒鳴ったで絶対もう一発やられるだろうから、言わないけど。 )
何も言わないムーンドギーを眺めているのに飽きたのか、ホランドはスタスタとどこかへ行ってしまった。
その背中を見送りながらムーンドギーは、思わず( オレ、かわいそう。)と廊下に座り込んだ。
泣きたい。
* * *
「お前さぁ、あんまドギーのこと虐めるなよ」
テーブルに頬杖をついて非難の目を向けてくるハップに、ホランドは、なんのことですか、と首を傾げた。
「虐める? おれが? 世界中の優しさをかき集めて出来たような、このおれが?」
「馬鹿野郎、お前に優しさなんてこれっぽっちも見つからねえよ」
「何言ってんだ。おれ程優しい人間はそう居ねえぞ」
「優しいお前なんか考えただけで気持悪ィ」
苦々しく顔を歪めるハップに、ホランドも不満気に鼻を鳴らす。
「じゃあイイじゃねぇか。優しくないおれが誰にどう接しようと」
「良くない。あれはあんまりだろ、可哀相だろ」
「えー」
「えー、じゃない」
手に持っていたマグの中の珈琲を見下ろす。自分の顔が黒い水面に映った。
「そうだよー、ドギーがかわそうだよー」
ハップの座るソファの背後から、少しだけ顔を覗かせて、言いにくそうにギジェットが声をあげた。
「ホラ、な? 見てる方が嫌なんだよ。あいつ病人なんだぜ? こんな時くらい優しくしてやれよ」
「そうだよー、ドギーがかわいそうだよー」
「かわいそう、ねぇ……」
ふーん、と言った風に珈琲をすするホランドにハップは思いきりため息をついた。
「お前ね、何もしてないあいつを会うたび叩いておいて、なーんにも思わんのか」
「そりゃ思うさ」
「何を」
「やっぱりおれの手ってイイ形してんなぁ、とか」
「……サイテー……」
ゲッソリしたハップの後ろで、ギジェットも言いにくそうに、リーダーサイテー、と言った。
「失礼だな」
「お前、何がそんなに不満なんだよ。いつもの八つ当たりだろ? 言ってみろ、何が不満なんだ」
「強いて言えば、あいつの存在が」
「ハァ!?」
「……だってアイツ、おれに会うとウゲッとかウワァとか言うんだぜ。ムカつくだろ、ウゼェだろ」
「そんなの、お前がそう言われるようなことしてんのが悪ィんじゃねえか」
頭を抱えた幼なじみを見て、その後ろで縮こまっている少女を見て、珈琲を見て、上を見上げた。
目を閉じて、落下する姿を思い出す。すると続いて、頭に包帯を巻いてこちらを睨む彼の顔が浮かんだ。
「なぁ、ハップよぅ」
「あんだよ」
「ショック療法とやらは、やっぱり金槌とかそういうのを使わないとダメかね」
「…………お前、アレ、ショック療法のつもり……だったのか?」
黙り込むホランドに、ハップもギジェットも顔を見合わせて、同じく黙り込んでしまった。
「ホランド、お前、不器用過ぎだけど、一応あいつのこと心配してたんだな……」
「……リーダー、ごめんね……」
でももうドギーのこと叩かないでね、かわいそうだから。
「それと、ショック療法に金槌は必要ないぞ」
金槌なんか使ったら間違いなく記憶を取り戻す前に死んじまうからな。
一気に可哀相な子扱いをされて、ホランドは気まずさを隠すように残りの珈琲を飲み干した。
カップの底に溶けきらなかった砂糖が残っていたので、それも最後の数滴と共に飲み下す。
「そう心配すんな。大丈夫。すぐ思い出すさ」
ホランドの頭の中で、またムーンドギーがボードから転落した。
つづく
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