左の眼球の、奥。ずっとずっと奥。そこが何とも言えぬ痛みを訴えている。

「shit……、」

政宗の喉から呻きに似た声が漏れた。立ち止まる。政宗様、如何なされた。 すぐ後ろに付き従っていた小十郎が、様子のおかしい政宗の顔を覗き込む。

「政宗様」

小十郎が声を押し殺し、けれど焦りを含んだ声で名前を繰り返し呼ぶ。 呼ばれた政宗は何度目かでようやく瞳をそろりと開いた。酷くゆっくりと瞬きを繰り返す。

「御気分が優れないのでしたら、もう」

「いい」

「しかし」

「大事ない。気にするな」

色鮮やかな植物が並ぶ庭の石畳をまた歩き始めた。小十郎もそれに従う。

「なあ、小十郎」

「はい」

「俺の庭は美しいだろう」

政宗は立ち止まって手近な木の葉に触れた。愛おしげに撫でる。

「目がな、疲れちまうんだ。文や景色を見過ぎたりとか、戦の後とか、眼球の奥がよく痛む。 そうしてると今度は頭まで痛くなってきやがる」

木の葉から手を離して、眼帯で隠された右目を押さえる。

「それはいつから」

「右目がやられてから。もう慣れちまったから、別段騒ぐ事でもねえよ」

陽に透ける木々の色に染まった政宗が振り返る。

「この世の美しいもの全て、俺に優しくない。美しいものは俺の目を疲れさせるばかりだ」

表情が読めない。小十郎は足に力を入れて、ぐっと政宗の瞳だけを見つめた。

「だけど俺は美しいものが嫌いじゃねえから、優しくしたいと思うんだが、そうもいかねえ」

政宗の、もうない筈の右目に美しい母の顔が浮かんで消えた。その後に父と弟が浮かんでまたすぐ消えた。

鳥の鳴き声が聞こえて、政宗が辺りを見回した。

「目も頭も痛くて痛くてたまらねえ時、いっそ抉っちまおうかと思う」

鳥の姿を探しながら、言う。

「抉っちまっても、お前、俺に付いてくるか?」

あ、居た。腕を伸ばして、小十郎に鳥の位置を教える。
見ると葉と葉の間にうまく隠れるようにして木にとまっている野鳥の姿があった。

「もし、」

「あ?」

「もしその時が来たならば、どうかそのお役目をこの小十郎にお命じ下さい」

またどこかで鳥が鳴いた。

「政宗様ならば、両の目がなくとも出来ぬことなどありませぬ」

「Ha、言うじゃねえか」

風が強く吹いた。顔を隠すようにして風で乱れる前髪を押さえながら、呟く。

「……おまえは――――な……」








帰りの馬の上で、先を行く政宗の背中を見つめながら小十郎は先程の言葉を思い返していた。

おまえはやさしいな

( いいえ、いいえ。違うのです。政宗様。優しいのは小十郎ではないのです。 貴方がお優しいから、そう思うのです。俺ではない。優しいのは貴方です。政宗様。 )

この世の美しいものは自分に優しくないと言いながら、 傷つくのを知っていて尚、自分はその美しいものに愛を零れる程に注ぐ。

( 優しいのは、貴方だ。 )

いっそ本当に、残りの目も抉ってしまおうか。 見えない目でこちらを見る弱々しい殿の姿を思い描いて、それもいいかもしれないと思った。
両目がなくば政も戦も出来ぬだろう。こんな世だ、そんな殿を誰が必要とする。 だから、誰も知らない屋敷にお連れして、頼る者が俺しか居ない場所で、何から何までお世話をしてさしあげるのだ。 そうすれば、そうすれば。

いつの間にか止めていた息を吐き出す。

殿が望むのなら何だってしよう。どんな事だってしよう。自分の全てを一つ残らず捧げよう。

不意に右目の奥がずきりと痛んだ。 目を押さえながら、自分が痛みを感じる事で政宗の感じる痛みが半減したりはしないかと思ったが、自分のよく知る殿の事だ。 きっと、痛みさえ分けてはくれないだろう。そうして言うのだ。痛いのは俺だけでいい、と。

( 嗚呼、 )

痛みを取り除く事も、痛みを分かち合う事も、出来ない。



『青葉闇が下』
眼精疲労をおこす政宗。病気でやられた右目をコジュが刳り貫いてやったという説があるので。じゃあ左目も、みたいな。
書きたかったのは政宗が目を痛がってる部分だったのに、書いてるうちにコジュ中心になっちゃった。

このコジュは本気で両目がなくても政宗なら出来ない事なんてないと信じてるけど、心のどこかで、 そうならない方がもしかしたら政宗にとっては幸せなんじゃないか、むしろ自分も幸せなんじゃないかと思ってる。 でもまぁ、コジュなんで、思っただけで絶対にそんな事しない。多分。思うのも本当は嫌なんだ、きっと。得意技は自己嫌悪。
政宗はそんなコジュの汚い部分もひっくるめて、優しいなぁコイツ、と思っていればいいです。

ナツに捧げます。タイトルは自由に換えてOKです。