壁に寄りかかりながら、倉庫の高い天井に向けてシャボン玉を吹いた。
虹色のシャボン玉が光を反射しながらフワフワと広がる。

消えずに漂っているシャボン玉を一つ一つ指さして、名前を付けた。
これはママ。これはモーリス。これはリンク。これはあたし。
なかでも一番小さくて不格好なシャボン玉を見つけて、

「これはゲロンチョ。……あ、ゲロンチョ割れた」

ファイリングされた書類を抱えたジョブスが、シャボン玉で遊んでいるメーテルの側を通りかかった。 やあメーテル、とても楽しそうだね。様々な機材のチェックが終わったようで、 抱えている書類の表紙には沢山の書込みがされていた。

「ママからもらったの。とってもきれいなの」

シャボン玉の小さなボトルを見せるとジョブスが、それは羨ましいな、と笑った。
メーテルは彼の、息を吐くようにして笑う顔が好きだった。
またシャボン玉を吹いて、また一つ1つに名前を付けた。

「これはホランド。これはヒルダ。これはミーシャ」

「僕のはないのかい?」

また沢山のシャボン玉を作って、また一つ一つに名前を付けていく。

「これがジョブスね。あっちのはギジェット。こっちは、ドギー」

ドギーと名付けられたシャボン玉は高く飛ぶでもなく床に消えていくでもなく、ふよふよと辺りを漂った。 ジョブスはその『ドギー』を両手で蝶を捕まえるようにして壊さないようにそっと手の中に収めた。 抱えていたファイルがバサバサと床に落ちた。

「ちがう、ジョブスのはこっち。それはドギーだよ」

首を傾げて不思議そうに眉を寄せているメーテルに、ジョブスは優しく微笑んだ。

「うん。でもぼくは、これが欲しいな」

「ドギーがいいの?」

「そう。『ドギー』がいいんだ」

少し考えてから、メーテルもジョブスのように優しく微笑んだ。いいわ、あげる。
そう言った彼女は大人びて見えた。ありがとうメーテル、優しいね。メーテルは嬉しそうに、またシャボン玉を吹いた。

落ちた書類を拾おうと、『ドギー』を捕まえていた手を開いた。
捕まえたはずのシャボン玉は跡形もなく消えていた。
何もないジョブスの手を見てメーテルがそっと、消えちゃったね、と呟いた。

「もうひとつ、ドギーを作ってあげようか?」

「いいや。気持ちだけ受け取るよ、どうもありがとう」

床に広がった書類を全て拾い終えたジョブスはホランドから呼出を受けて、コクピットへ向かった。 その場に残ったメーテルはまたシャボン玉を吹いた。

「さっきのはジョブスにあげちゃったけど、こんどのドギーはあたしの」

ふよふよ漂うシャボン玉を追いかけて、そっと『ドギー』を小さな手で覆った。



『メイビー・ベイビー』
ドギーったらモテモテ。