なぁ、2人だけでよ、どっか遠くにでも行くか。

真夜中と朝のちょうど間くらいの微妙な時間に。 ホランドがいまにも閉じてしまいそうな目で、あくびを噛み殺しながら言った。 そしたら、お前、行くだろ?
“そしたら”ってなんだよ、と思い何も言わないでいると、 ホランドは確かめるようにもう一度同じことを言った。

「行くだろ」

別の資料を手にとって、重要な文章に蛍光ペンで線を引く。キッ、と嫌な音がした。

笑ってしまいそうになるのを堪えながら、行けないよ、と返事をした。 それが不満だったのか、ホランドは眠そうにしながらも眉間にシワを寄せて、どうして、と唸った。
その言葉を聞いて、とうとう堪えきれずに笑ってしまった。まるで駄々をこねる子供じゃないか。

「だって、あんたはこの船から離れられないし、離れちゃいけない」

「大丈夫だ」

「それに、オレと2人でなんて、よくない」

「良くなくない。おれは行く。お前も来る。文句言うな」

不機嫌な子供のようなその言葉に、 いま喋っているのが本当に自分の知っているホランドなのかどうか、分からなくなった。 自分の知っている彼は、こんなことは言わない。

「なぁ、おい。行くだろ、行くよな?」

「だから、行けないって」

完成した書類を積み上げる。誰かの邪魔がなければ、朝までには終りそうだ。
疲れた目をぎゅっと閉じて、開く。首を動かすと、ゴキゴキと音がした。

「お前、おれが好きじゃないのか」

「好きですよ」

「ンじゃ、いいだろ」

「いくないです」

「誰もおれ達のことを知らない場所で、のんびり暮らすんだ」

どうだ最高だろ。お前も来たいだろ。来たいって言え。

ほぼ寝言のくせによくもまぁそんなに次から次へと話せるもんだ、と感心する。
作業を再開しながら、ソファの上でいまにも眠ってしまいそうな男に、言ってやる。

「でも、」

「おう」

「分かってて、わざと言ってるっしょ」

「んー…?」

「行かないよ。あんたも、オレも」

思いの外、優しい声が出た。微笑んでしまいそうになるのを、唇を噛んで堪える。
唇を噛むだけでは押さえられなくて目もぎゅっと閉じた。

何も知らないホランドはうわごとのような声で、ドギー、と呼んだ。 振り返らずに、なんですか、と返事をする。

「愛してるぞ」

言い終わった後すぐに寝息が聞こえた。 振り返るとソファの上でだらしなく寝入っているホランドが居た。 規則正しい呼吸音に、また口元が緩んでしまう。

「うそつき」

嗚呼、自分はなんて幸せなんだろう。



『ディス イズ ラブ』
愛してる、だからこそ、行かない。