苛々する。苛々している。苛つきが頭痛を呼んで頭の中は大音響で「運命」でも流されているような状態だった。痛みが響いて酷く不愉快極まりない。繰り返しリピートし続ける「運命」。これがおれの運命? どれだけ救われない運命なんだ。たまりかねて自室を飛び出した。出ていく時にドアを思い切り叩き付けて閉めたら意外にも大きな音が廊下に響いて、さらに頭痛がした。

ズカズカと部屋に上がり込むと馬鹿な少年は、どうしたの、とか言っていた。どうしたもこうしたもねえよ理由なんてねえよ。こいつの主な仕事である書類作成(と言っても、重要項目部分を蛍光ペンで線引きするだけだけれど)をしていたらしく手にはペンを持ち机の上には書類の山が築かれていた。
机を思い切り蹴飛ばすと書類が綺麗に宙を舞った。ほらこれ綺麗だろ紙吹雪だっけか何かを祝う時によくやるよな。雪崩のように崩れて散らばって床を書類が白に染めた。蹴飛ばした机が少年の手にも当たったようで手に持っていたはずのペンが部屋の端に飛んでいた。ペンにキャップを付けていなかったせいで壁にぶつかった所にぴっと小さな赤い線が引かれた。苛々は納まらなかった。

「オレ、何かした?」と少年が聞いてきた。そうだよなお前何も悪くねえもんななのにいきなりこんな目に遭わされて可哀想にな同情するよほんと可哀想。少年は散らばった書類をのろのろと拾い集め始めた。盛大にぶちまけたお陰で書類は部屋中に散らばっている。全てを拾い終えるには時間がかかるだろう。

お前は、馬鹿だよな。

だから何も知らないんだよな何もわからないんだよなそうだよな。少年が拾おうとした書類を踏みつけて、少年の前に少年と同じように屈み込んだ。真っ直ぐに少年の目を覗き込むといつもより少しだけ大きく開かれている目があった。色も、いつもよりすこし濃い青をしている。綺麗な綺麗な、青い瞳。

「うん、馬鹿だ」

おれが踏みつけてる書類に目線を落として少年が頷いた。ゆっくり、深く、鼻で息を吐いた。苛々が消えていくのを感じる。ようやく呼吸が出来た。そう思った。

そうだよなお前は何も知らないんだよな。

「うん、何も知らない」

お前おれのこと好きなんだよな。

「うん、好き」

おれのこと好きで好きで好きで、しょうがないんだよな。

「 ………うん?」

苛々も頭痛も霧散した。少年の顔を引き寄せて耳を塞いだ。邪魔な帽子は払い落とした。何も知らないこいつは何も知らない何も知らないこいつは馬鹿だから何もわからない。それで良いんだ。それだからこそ、良いんだ。耳を塞いだまま親指で頬をなぞるとくすぐったそうに目を閉じた。目を開けてろよお前の瞳凄く好きなんだ青い目綺麗な目だから目を開けろよ。少年は目を開かなかった。
力が抜けたせいで前のめりの体勢で居たせいで書類を踏んづけていたせいで、滑って少年の肩に顔をぶつけた。ムーンドギー少年と同時に悲鳴をあげた。

「「いでっ」」

思いの外、痛かった。




『エロスよりストイックよりプラトニックより手前の関係』
うつ病ホランド。