オレンジに染まる部屋で、立ち尽くしていた。
いつの間に? とか、ここはどこ? というような疑問は不思議と湧いてこなかった。
壁にあいている窓のようなものから太陽のオレンジ色の光が差し込んでいる。

部屋には女性が使用するために置かれているのだろう鏡台があった。
ここはオレの部屋じゃない。ようやくその答えが頭に浮かんだ。本当なら最初にそう思うべきだったのかもしれない。 だって化粧品が並んでる。
口紅を一つ手に取ってみた。そして鏡に映る自分の口に塗ってみる。
凄く凄く、似合わなかった。口紅にキャップをはめて、元の場所に戻した。
鏡には自分の口の形をした口紅が赤々と存在を主張している。

手でグチャグチャにかき混ぜた。

赤がとても気持ち悪かった。

だから、鏡に、手近にあったコンパクトを思い切り投げつけた。ガチャンという音の後にガチンという音がして、 鏡には大きなヒビが入り、床でコンパクトが無惨な状態で転がっている。鏡のヒビは音をたてて広がり、やがて崩れた。



クスクスクス。


その笑い声は窓らしきものに腰を下ろしている子供のものだった。



クスクス。笑い声は止まない。


     きみは誰?


答えはなかった。



子供の顔は逆光で見えない。子供が、男の子か女の子かも分からなかった。



クスクスクス。とても楽しそうに笑っている。


     そこは危ないから、降りてこっちへおいでよ。


答えはなかった。



クスクスクス。まるで遊んでいるような、笑い声だった。


     なんで笑ってるの?


答えはなかった。



自分の何かが、どこかがおかしいのかもしれない。
けれど、自分を見下ろしてみても、いつも通りの自分だった。



喉を押さえた。強く強く押さえた。




クスクスクス。笑い声が優しく耳を刺す。




子供の背後で輝く太陽が眩しい。分からない。今は夕暮れ? それとも早朝?



あははははははははははははははははははははははははははははははは。

腹を抱え、指をさして、笑っている。


     何がそんなにおかしいの。



あははははははははははははははははははははははははははははははは。

子供はさらに大きな声で笑った。


     笑わないで。



あははははははははははははははははははははははははははははははは。

酷く滑稽なものでも見ているかようのような、醜い笑い声だった。


     笑わないで。笑わないでよ。



それでも子供は壊れた玩具のように、狂ったように笑った。


     笑うなよ。



あははははははははははははははははははははははははははははははは。


     笑うな。






あっはっはっはっはっはっはっはっ




                はっはっはっはっはっはっはっ




                              はっはっはっはっはっはっ。





子供を突き飛ばしていた。

スローモーションのようにゆっくりと落下していく。
突き落とした窓から下を見下ろす。ここは高い場所に位置する部屋のようだった。
下は、森のようでもありガラクタ置き場のようでもあり、何でもないただの闇のようでもあった。 そこに、子供は時間をかけて落下していく。

子供は突き飛ばされてもう命はないだろうといういまも笑い声を上げ続けていた。
子供の顔は、男の子のようでもあり女の子のようでもありどちらでもないようで、彼の顔にも見え、自分の幼い頃のようであり、何者でもなかった。



クスクス。あはははは。子供は、男の子であり女の子だった。
子供はどんどん遠ざかっていくのに、笑い声はまだ耳元に響いていた。


( あの子は、あの人でありオレだったんだ。 )


子供を突き飛ばした手を見た。先程口紅をかき混ぜたせいで赤く汚れている。


それはまるで
         血のように鮮やかな---------







目が覚めた。

ベッドに横向きの体勢で眠っていた。
起きあがり、横で眠る『彼』を見る。お互いに裸だった。

顔を覗き込むと、珍しく眉間にシワが寄っていなかった。

「オレ、あんたが思ってる程キレイな人間じゃないよ」

握りしめていた手を開く。

口紅などどこにもついていなかった。




『やっと迎えた朝』
うつ病っぽいドギー。夢オチ。