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今日も、部屋に飾られた鉢植えに水をやる。 「―♪ー……――♪、♪ー…♪……」 適当な鼻歌と共にぞうさんの形をした子供用の小さなじょうろで丁寧に水を与える。 土に水を含ませ、葉の部分にも水を軽くかけてやると、水が光を反射してキラキラと輝いた。 並べられている鉢植えに順番に水を与え行き、じょうろの中の水がなくなったので洗面台のところまで水を入れに向かった。 ジャー、という音を聞きながら、小さなじょうろに水がたまるのを待つ。 あと水を与えていないのは1つ2つ3つ……、と目で数えながら部屋を見渡した。 小さなじょうろはすぐに水が溢れた。 広くも狭くもない自分の部屋にある小さな鉢植えは、全部で7鉢。どれも大切に育てていて、とても気に入っているのだが、 しかしその7鉢全てがどれも自分で購入したものではない。 買ってくるくせにすぐに世話を放り出す人間がいて、少年はその人物が観葉植物を買ってくるたびに世話を押し付けられてしまうのだ。 今度こそちゃんと世話をするから、と大威張りで言うくせに2〜3日がたつと少年の部屋の前に黙って観葉植物を置いていく。 「……――♪ー、――♪ー……」 その人物が部屋の前に黙って置いていくたびに少年も黙って部屋に引き入れる。 当然のように他の鉢植えが並ぶ棚の上に並べて、当たり前のように水をやる。 その人物、という男に対して少年は何も言わない。 少年は、その男が自分なんかを相手に、母親に叱られることを恐れて隠れる子供のように毎回こっそりと鉢植えを置いていくのが、たまらなく可愛くてしょうがないのだ。 「♪ー、♪ー♪ー……♪ー……――」 霧吹きがあればもっと葉っぱに細かい水をあげられるのに、と考えながら少年はまだ水を与えていない鉢植えに水を零していく。 ぞうさんじょうろに水を入れすぎたせいで、鉢植えのところに行くまでに何度も床に水を零してしまい、部屋の床には所々に水たまりが出来ていた。 視界の端に 花 が飛び込んだ。 花束が、部屋の隅で壁に倒れかかっていた。 所在なさ気に色鮮やかな花弁を広げている。この花束には見覚えがあった。 この花束は、確か彼から貰ったものだ。突然、綺麗だからと渡されたのだった。 少年はじょうろを持っていない方の手で花束を拾い上げ、7鉢の鉢植えが並ぶ棚に運んだ。 花弁部分についていた埃をはらって、花瓶代わりになりそうなガラスのコップに移し替える。 じょうろで上から水をかけた。花弁部分を伝い茎部分を伝い、水はコップにたまっていく。 「そうしてると本物の花みたいに見えるな」 いつの間にか鉢植えの本当の持ち主がドアを背にしげしげと少年を観察していた。 少年の背後まで来ると、造花がささったコップを少年の首筋ごと見下ろした。 「ムーンドギー」 名前を呼ばれ、少年は男を振り返る。男がムーンドギーの肩に顎をのせた。 「ホランド、髭がくすぐってぇ」 肩口が開いた服を着ているせいで、男の微量なあごひげが皮膚を直接くすぐる。 「くすぐったいし、重たいんだけど」 そう言ったってホランドはどかないということを知っている。そしてホランドも、そうは言うけれどムーンドギーも本当は嫌ではないのだということを知っている。 「造花、お前は嫌いか」 肌に軽くキスをして、ムーンドギーの肌の匂いを嗅いだ。石鹸の匂いがする。 「おれは本物の花より造花の方が好きだ」 「なして?」 「枯れないからさ」 キスを肩に受けながら、ムーンドギーは造花に水をあげ続ける。 「枯れるから、本物の花の方がオレは好き」 ずっと咲いてた方が良いだろ、というホランドにムーンドギーは、ずっと咲いてても造花は埃がつもるだけだから、と笑った。 観賞植物以外で、この男からものを与えられるのは初めてだった。 本物の花束ではなく造花の花束なのがこの人らしいと言える。 鉢植え以外のものを貰うのは、初めてだった。正確には鉢植えも貰ったとは言えない。 男が花束を貰ったって嬉しくないよ、という思いはもちろんある。あんたが押し付けてくる鉢植えの水やりを少しは手伝ったらどうなんだ、とも思う。 それでも何も言わないのは、この人が甘えてくれるのが嬉しいから。 この人が自分のものを信頼して置いていってくれるのが、たまらなく嬉しいから。 まるで、この人の一部を貰えたようで、泣きたくなるくらい、嬉しいから。 「何で造花なのに水をあげてるんだ? 意味がないだろう」 「これも花だから」 花は水をあげなくちゃ、ダメなんだよ。生きていけないんだ。 ホランドがムーンドギーを後ろからギュっと抱きしめた。白く滑らかな首筋に頬を押し付ける。 「なしてホランドは、いっつもオレんとこに置いでくの?」 泣き出したいような、そうでないような、不思議な感覚が胸に込み上げた。 抱きしめられている身体が自分のものでないように、熱い。 「だってお前は、おれのこと、見捨てないでくれるだろ」 甘えてるんだ、お前に。年下のお前に。癒されたいんだ。 ホランドはそう言って、ムーンドギーの肩に顔を埋めた。 ムーンドギーの朝の日課に、造花への水やりというスケジュールが増えた。 毎日水をあげることで、いつか本物の花に変身したりするんじゃないか。 そんなことを頭の片隅で考えた。 『造花に水を与えるような行為』 無駄なことを愛おしんで当然のようにやるドギー。それに癒されるホランド。 |