Keep ourselves warm -ベッドで暖めあう-
                      ※2人はデキているという妄想の上に成り立っています。


ベッドで寝る、という行為は昔からどうしても苦手だった。

ソレをいつからそう感じたのか、そんなものはずっと昔からそう感じていたのだから具体的な日付や年齢などの細かい詳細はどうしたって思い出せないし思い出しても何か特別な変化が起きるわけでもなくて考えるだけ無駄で意味がないから、そんなことはどうでも良かった。苦手だということとベッドで眠ると決まって恐怖を感じるということが何よりも大事なことなのだ。少なからず、自分にとっては。

ベッドに寝転がる。すると必ずシーツがベッドから垂れ下がる。それが例えどんなに少しだけだとしても必死こいてシーツをかき集めて丸めて胸に抱いて寝る。そうしないと眠れない。そうしないと『想像』に飲み込まれてしまう。そうしないと、目を閉じられない。
子供のようだと言われようが笑われようがそんなことさえ気にならない。もうこれは自分にとっての死活問題にまで発展してしまったのかもしれない。シカツモンダイ、なんていう難しい単語が脳裏で何度も点滅したりするからまるで自己暗示という催眠にかけられているような気分になる。

想像を、してしまうのだ。

それはとてもとてもくだらない妄想に過ぎないし例え誰かに話したとしても誰一人として親身になってくれる人は居ないということも誰より自分自身が一番良く理解している。
だから、ベッドでは必ず壁際に張り付くようにして眠る。そうすれば『想像』から逃げられる。そうすれば不安も少しだけ軽くなる。そうすれば、目を閉じられる。

「だからお前、いっつも壁際に寝てるのか」

耳元で低めの声が囁かれる。
彼には絶対に教えないけれど、その声を聞く度に背筋がぞくぞくと震える。彼の声は酷く扇情的で、快楽に酷似したなにかが背筋を、音をたてて海の潮のように迫ってくる。

「想像ってのは、何だ」

「サメ」

「鮫?」

彼が身体を起こした。真っ直ぐ目を覗き込まれる。この目で見られると落ち着かない。胸の奥が騒ぎ立てる。全てを暴かれてしまうのではないかという気持ちにさせる。落ち着かない。自分の醜く汚い部分まで全てさらけ出されてしまいそうになる。

「鮫とベッドと、何の関係があるんだ?」

関係ない。ちっとも関係ない。なのに、鮫なのだ。
彼にこの恐怖が伝わる日は多分一生来ないだろう。
鮫とベッド。何の関係性があるのかなんて、自分にさえわからない。

「わかんない、けど、サメが、怖くて」

うまく言えない。それもそうだ。だって説明なんて出来ないのだから。

「小さい頃から、ベッドで寝ると、ベッドの下に、怖いものがいるような感じで」

口下手はこんな時、とても困る。言いたいことが言いたいように言えなくて、苦しくて。

「ベッドの端から足とか手とかシーツとか、そういうのを垂らしてると、ベッドの下から何か怖いのが来て、噛み付いて、引っ張っていきそうで」

気を抜くと訛ってしまいそうだ。彼らに伝わる標準語は、とても難しい。格好悪い訛りは、頑張って標準語を喋ってもなかなか真意と意味が伝わらない言葉を、さらに通じなくさせてしまう。格好悪い。ダサい。今なんて言いました? と聞き返させるのが、つらい。

「それなら、ベッドの真ん中で寝りゃ良いだろう」

「ベッドの真ん中で寝ても、落ち着かない。海にポツンと取り残されたイカダに乗ってるような気ぃする」

一人でベッドに横になる。それがとても、怖いのだ。とにかく怖いのだ。恐くて怖くて仕方がない。それがどんなにくだらない『想像』で愚かな発想でも、夜になると毎晩感じずにはいられない恐怖が舞い降りてくる。

「そういうの、考えたこと、とか」

あるはずがない。

「あるのかって? ないね。寝る時は大抵疲れてるし、そんな時にそんなこと考えてる暇はない」

別に、彼が一度として感じたことがないと告白したところで何も変わりはしないし何も期待はしていなかった。

なぜ喋ったのだろうか。誰も親身になって理解してくれないこんな話を、なぜ。自分が一番理解していたのではないのか。誰にも通じない話でその理由はとても愚かでくだらないからだということを、自分が一番良くわかっていたのに。彼なら理解してくれると期待してしまったのか。勘違いしたのか。彼なら恐怖から救ってくれるとでも思ったのだろうか。滑稽だ。滑稽過ぎる。なんて、バカ。

「何で、そんな話を突然」

「わかんない」

彼の話を途中で遮り声を被せた。理由なんてない。理由なんてないんだ。

「今はどうなんだ」

ため息を零すように吐き出された言葉。

「今は恐くないのか」

「今は、平気」

「なんで」

「あんたが居るから」

彼の目が猫の目のようにニィっと細められた。

「おれが居ると恐くねぇのか」

彼の両腕に身体ごと抱きしめられた。顔が彼の胸に当たる。暖かい。
電気一つ付けていないのに彼の顔が手に取るようにはっきり見える。シングルベッドに二人で横になって薄っぺらいシーツと大きめの枕を共有しあっている。彼はお気に入りのオレンジ色のトランクス一枚。自分も似たような格好で彼の腕の中に収まっている。

“なあ”と彼は言った。

「これから毎晩一緒に寝てやろうか」

猫のような目のまま、酷く愉快そうに笑っている。

“なあ”は合図だ。

「なんで」

「おれが鮫からお前を守ってやるよ」

別に、こう言って欲しくて、話したわけじゃない。けれど、こうしている間も少なからず感じていた恐怖が、彼のふざけた一言によって霧散した事実は隠せない。なんて、馬鹿らしい。

「本当は、あんたが、毎晩一緒に寝たいんじゃないの」

あんたがからかうなら、こっちだってからかい返すだけ。
なのに、

「そう言ったら毎晩一緒に寝るか? なら、うん。おれが、毎晩お前と一緒に寝たいです」

比較的真面目そうな顔をしている。少しは真面目に言っているようだ。
鼻を彼の胸にこすりつける。彼の匂いがする。


「あんたは、」

相当の、バカだ。


ここは大海原のど真ん中。横になって寝そべっているこのベッドは丸太製のイカダ。イカダの周りをぐるぐると泳ぐ空腹の鮫。本当に水の音が聞こえてきそうだ。鮫に食われるという想像不可能の恐怖。違う。ここはベッドの上だ。大海原じゃない。ここは自分の部屋。鮫は居ない。恐くない。怖くない。

ホランドの匂いがする。ホランドの暖かさを感じる。ここは、ベッドの上。

甘えるつもりで話したわけじゃない。口がすべって、しゃべり出してしまっただけ。なのに、ちょっとだけ、喋って良かったと思う。


強く抱きしめて毎晩一緒に寝てって、もっと早くに言えば良かった。






END




漫画版のホランドとドギーだったらこんぐらいはしてそうだ。