For you never shut your eye -あなたは決して目を閉じない-



「――したら、怒る?」

「なんだって?」

「キスを、あんたにしたら、怒るかどうかって」

彼は口元を歪めた。そして、怒る理由がみつからない、と笑った。


少年はソファーで寝そべる男の上に、屈むようにして乗った。
体重をかけないように移動して、男の股下の間に入り込む。

男は手に本を持ったまま、読んでいる振りをしていつになく積極的な少年の顔を盗み見ていた。少年の顔は、どうにかこうにか平静を繕っていて無表情だったが、口の端が小さく震えている。頬がゆっくりと赤く染まっていく。

そうだ、こいつはすぐに顔が赤くなるんだった。

赤くなっていく少年の頬を、林檎を頬張るように、かぶりつきたい。
必死になって平然を装う少年が、たまらなく可愛い。

「本、読んでる?」

「ああ、読んでる」

先程まで目で追っていた活字の羅列が、今はちっとも魅力的に思えない。本当はこの少年が部屋に入ってきた時から読んでいなかった。

「邪魔?」

「お前が?」

「そう」

「いいや」

でも読書の邪魔をしてる。少年はそう言って男の上から居りようとした。
男は器用に両足を使って、少年の腰をがっちりと挟み込む。

「行くなよ」

「だって」

読書の邪魔をするのは気が引ける、と少年が続けようとしたのを男は言葉で遮った。

「キスしてくれんじゃねえのか」

「……していいの?」

さっきも言ったぞ。


恐る恐るという雰囲気のまま、押し倒すようにして、男の身体の横に手をついた。ちょうど足の付け根という場所に、少年は座った。

いいと言いながらも未だに本を閉じようとしない男を見下ろす。
男の顔は本の影に隠れていて、暗い。

本で顔を隠しながら、少年の胸元を見ていた。
露出している鎖骨が、噛み付いてくださいと言わんばかりに白く輝いている。
あの真っ白い首にキスマークをつけたら、さぞ白い肌に赤い痕が美しいだろう。

少年が座り直すたびに、尻が自分の秘部に当たる。男の性が顔を擡げようとし始めた。

男は本を、音をたてて閉じた。少年の、幼さを残した端正な顔を見上げる。
目が合う。少年の顔にさらに赤みが増した。

少年は背中を丸めるようにして、屈んだ。

「……あの」

間近になった少年の顔を真っ正面から見つめたまま男は、なんだ、と言った。
そんな男の様子に少年は狼狽える。

「目を瞑って欲しいんですけど……」

「なんで」

「キスが出来ない」

少年は、それでも頑なに目を閉じようとしない男にため息をつきながら、目と眉の間にそっと唇を押し当てる。それはとても幼稚で、とても優しいキスだった。

恥ずかしそうに離れていく少年の顔をガシっと掴んだ。驚いて目を大きく見開いた少年の頬をベロリと舐め上げ、そのまま鎖骨に噛み付く。

「痛っ」

自分の歯形がついたのを確認してから、今度は首に吸い付いた。

首を曲げて、少年の唇を荒々しく貪る。
見開いたままの瞳を覗き込む。少年の瞳は空から搾り取ったような澄んだ青色をしていた。

男の瞳の中に映る自分の目を見て、少年は慌てて目を閉じた。男の顎を飾るようにして生えている少量の髭が、むず痒くて、くすぐったい。

未だに手に持っていた本を放り投げた。床に音をたてて落下して、本は、栞代わりの紙切れを挟んでいたページを開いた状態で横たわった。

少年の口内を荒らしながら、横目で放った本を見ると、ある文章が目に入った。


『頬なら厚意。 唇なら愛情。 瞼なら憧れ。 腕と首は欲望。』


少年に目線を戻すと、少年は顔を真っ赤にしながら、ギュっと目を瞑っている。
こいつの全てにキスがしたい。

男は目を猫のように細めて、ニィと笑った。






END




ドギーとのキスは、口紅の味も香水の匂いもしない。ただ唇の味がして、ドギーが使用してるソープの匂いがする。

フランツ・グリルパルツァー「接吻」から一部分抜粋。