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毒虫野郎、と名高い少年を私はその時初めて見た。 日課である裏山散策中に見つけた毒虫少年は、毒虫という言葉からは遠い、綺麗な顔立ちをしていた。 私が木の上から見下ろしていることに未だ気が付かない毒虫少年は、先ほどからせっせと土を掘っている。 どうやら蚯蚓を集めているようだ。 確か生物委員会に属していたはずだから、そこで飼育しているもの達の餌というところか。 暫く観察していると、蚯蚓集めをしているすぐ横に生い茂る草花の下から、一匹の蛇がずるりと這い出てきた。 毒蛇だ。 すぐに毒虫少年の横へ飛び降りた。 上級生の突然の登場に声も出せずに驚く横で蛇の頭を素早く掴み上げる。 それを見た毒虫少年の口から小さく息が漏れた。 「大丈夫だ。しっかり掴んでいれば、咬まれることは」 「ジュンコっ」 「へ?……じゅんこって、こいつ?」 毒虫少年がこくんと小さく頷いた。 そして、突然現れた見知らぬ上級生に警戒と怯えを顔に滲ませながら怖ず怖ずと手を出した。 差し出された白い手を見つめながらお前の蛇かと問うと、また小さく頷いた。 その手に蛇を渡すと、毒虫少年は目に涙をためて蛇を抱きしめた。 蛇も大人しく抱かれながら、大丈夫だと慰めるかのように尻尾をゆるりと毒虫少年の手に絡めた。 「すまんな、お前の蛇だと知らなかったんだ」 「……いえ」 「お前、名前は?」 「ぃ、伊賀崎孫兵です」 「そうか。私は七松だ。七松小平太」 「ななまつ、こへいた先輩」 「うん」 毒虫少年……伊賀崎孫兵の腕の中で蛇が頭を擡げた。舌を出して私を見ている。 乱暴をしたのを怒っているのかもしれない。 「伊賀崎は毒虫野郎と呼ばれているそうだな。蛇と会話ができるのか」 伊賀崎の目がほんの少し変わった。顎を僅かに引いて、さり気なく身構える。 「違う、揶揄する為に言ったんじゃない。私の代わりに弁解をしてもらいたいんだ」 「弁解?」 「どうやら嫌われてしまったようだから」 伊賀崎の腕の中で静かにしている蛇の目を見つめて、言う。 「そこらの蛇と同じに扱ってしまった。ここらの蛇は人を襲うから、お前もその為に伊賀崎に近寄ったのかと思ったんだ。 でも、私が間違っていた。お前はそこらの蛇とは違う、伊賀崎の蛇だ。だから伊賀崎のもとへ戻ってきた。 それだけだったんだな。勘違いしてすまなかったよ」 蛇は舌を二度三度動かして、伊賀崎の細く白い首に巻き付いた。 「と、そんなことを言いたいのだけれど私はまだ蛇との話し方を知らないんだ。 だから代わりに伝えておくれ」 伊賀崎が身体の力を抜いた。首に絡んだ蛇に顔を埋めるように頬ずりをする。 「……大丈夫です。ジュンコも、分かっている、と……」 「そうか。ジュンコは優しいんだな」 またこくんと小さく頷いた。 「邪魔して悪かった。それじゃ、私はもう行くよ」 地面を蹴って樹に飛び移ると、地上で伊賀先が私を呼んだ。 葉の隙間から顔を出して答えると、ジュンコを首に巻いた伊賀崎が私を見て、小さく口を動かした。 * * * 「助けようとしてくれてありがとうございました、だって」 部屋で、読書中の長次の背中にもたれながら昼間のことを話して聞かせる。 話し相手の長次は相づちはうたないが、途中で私が言葉に詰まると代わりに言葉を見つけてそっと呟いてくれる。 「毒虫野郎なんてあだ名だから、もっと、こう……そう、そんなのを想像していたよ」 樹木と土と葉の透ける緑と、花と蛇と、伊賀崎と。 「何だかとても、綺麗に思えた」 「……かていのじゃ……」 「うん?」 「……花の底の蛇と書いて花底蛇と読む。 美しいものの陰には恐ろしいものが潜んでいる、という意味の、中国の故事だ……」 「へぇ、凄いな長次は。物知りだな」 かていのじゃ、かていのじゃ、と何度か繰り返し音の響きを楽しむ。 「確かに、ジュンコは花の下から現れた。 それに、伊賀崎の綺麗な顔の下の首をジュンコは一等気に入っているようだった」 そう言うと長次は首だけ振り向いて、何か言いたげに眉を寄せた。 「はは、分かっているよ。偶然だろう」 樹木と土と葉の透ける緑と、花と蛇と、伊賀崎と。 もう一度想像してみて、やはり綺麗だなぁと思った。 「なぁ、長次。私も今から虫獣遁を頑張って勉強したら、蛇と話ができるかね」 「……どうだろうな……」 「ああ、かていのじゃと話が出来たらきっと楽しいだろうなぁ」 「……お前は、どちらと話がしたいんだ……」 寄りかかっていた長次の背中から腹筋を使って一気に起き上がる。 読んでいたはずの本を閉じて私を見ている長次に、にぃと笑って。 「それはもちろん、どちらとも!」 『緑の中にみつけた』 花底蛇シリーズ、またの名を孫兵くんを可愛がろうシリーズ。 小平太は毒虫野郎というあだ名しか知らなくて、孫兵には一度も会ったことがありませんでした。っていう設定。 会う前は、どんなやつかなー強いやつかなー会ってみたいなぁとはちょっとは思っていたけどそこまで興味なくて、 会ってみてら何だかとても不思議でしかも面白そうなやつだったので純粋に仲良くなりたいとか思った小平太くんなのでした。 長次が花底蛇という言葉を出したのは深い意味は全く無くて、ただ小平太の話を読書しながら聞いてた時にパっとイメージした言葉がそれだったっていうだけ。ろ組は今日も平和です。 |