すぐ近くから自分を捜す竹谷の声がする。

「せんぱーい、食満せんぱーい」

隠れるように屈んでいた草の間から顔を出すと、竹谷はすぐに寄ってきた。

「見つかりましたよ、蝶のトモコ!怪我もなく無事です」

「そうか、良かったな」

「忙しいのに、手伝ってくださってありがとうございました」

「いや、俺は何もしていないよ」

「そんなことないです。こんなに葉が付くまで捜してくださって……あ、」

頭巾や服についていた葉くずを払ってくれていた手が止まった。

「どうした」

「あ、いえ!……ええと、虫さされ、見つけたんです」

「虫さされ?」

「ここ、に」

喉仏の近くにそっと触れられた。
この場所には覚えがある。ついさっき、小平太に吸われた場所だ。
指摘された場所を掌で押さえて隠す。

「違う、あ、ちが、違わない、ええとな、あの」

「あっ、えっと、大丈夫です!俺、言いません誰にも! ……って、そうじゃない!」

竹谷と2人で、うわぁぁぁと同じように混乱しながら頭を激しく掻きむしる。
目があって、気まずい空気と冷たい汗が流れた。

「…………。」

「…………。」

「あ、はは」

「ははは」

「ははは、」

「はは、は……」

「ははは、は……おわぁ!」

驚かれて、何だどうした、と思ったら。
泣きそうになっている自分に気が付いた。

「え、え、あの、俺」

「はは、違う、竹谷、これは」

自分でも驚いて、頭の中が真っ白になった。
なんでもない、なんでもないんだ、違うんだ、こんなことで、泣いたりしない。
そう言いたいのに何も言えなかった。喋ろうとすると本当に泣いてしまいそうだ。
後輩の前で、みっともない。嫌だ、ああ嫌だ、こんなのは嫌だ。
そんなことを思った時、竹谷に、自分より背も歳も下の後輩に、抱き締められた。

「ここ、使ってください」

今だけでいいです、今だけ我慢してください。そう言って腕に力が込められた。

嫌だ、ああ嫌だ、嫌だ。
この腕は、この肩は、この身体は、この温もりは、竹谷のものなのに。 あの時のあいつの腕、肩、身体、温もりと重ねてしまう。そして思うのだ。これではない、と。
そんなことを思う自分は、こんな自分は、嫌だ。嫌だ。嫌なんだ。
縋るように自分も竹谷の背中に腕をまわした。
自分よりも下の位置にある肩に顔を埋める。 すると慰める時にするように背中を優しくさすられ、その手がうなじを撫でた。 くすぐったくて身を竦めると、まわされた腕にさらに力が込められた。

あいつの腕、肩、身体、温もりではないと思えば思うほど。
あいつがいいと思う。あいつでなくて良かったと思う。 これはあいつじゃない。あいつじゃない。あいつがいい。あいつが、いい。

鼻を啜った時に竹谷の匂いがして、それがとても優しいものだったから、 あぁだから、こいつは人や虫や、獣達に好かれるのだろうと思った。
こんな俺を慰めようと思うくらい、心の優しい人間なんだ。

「ありがとう、もう大丈夫だ」

出来るだけそっと押し返すようにして竹谷から離れた。

「先輩……」

「お前が慰めてくれたから」

竹谷、きっと俺は今とても情けない顔をしているんだろうな。
それでも、そんな俺を笑わないでくれる竹谷は、本当に、優しい。
竹谷、そんなお前を好きになっていれば俺は今頃幸せだったかな。
なんて、少しでも考えている俺はやっぱり、今もあいつを好いているのだ。
悔しい程。


ねえ先輩、ほら、見てください。竹谷が空を見上げた。つられて空を見る。

「あれ、あそこ、飛んでる鳥。見えますか?」

「……? あの白くて小さい、綺麗な鳥か」

「そう!あれ、ね、先輩。珍しいんです。珍しい鳥なんですよ」

「へえ」

用具の後輩達のように笑って、鳥が飛んでいった方を指さしている。
また、違う方法で慰めようとしてくれているのが分かった。

「滅多に見られないんですよ。幸運ですね、先輩は」

それにほら、と竹谷は続けた。

「こんないい天気です、きっと良いことありますよ」

「……そうだな」

なあ、竹谷。
こんな雲一つない良い天気の日に、俺は一体何をしているんだろうな。

馬鹿だよな。本当に。


その良いことはいつ頃くるんだろうな、明日かな、10年後かな。
竹谷は、すぐにきますよ、と言って豪快に笑った。
もしこなかったら、その時は俺が先輩の喜ぶことをしにいきます。
ああ、ありがとうな。でも虫は連れてくるなよ。……蛞蝓なら、まぁいいだろう。
連れてきませんよ!しかも蛞蝓だったら後輩にこっそりあげる気でしょう!
あれ、何で分かった?
何で分からないと思うんですか。

学園が見えてくるまで、そんなことを話しながら竹谷と手を繋いで歩いた。
男同士なのに何故だか少しも嫌な気持ちはしなかった。



>>>