「それで」

何、何の用だ。言いながら、寝そべっていた身体を起こした。
あいつは立ったまま頭をがしがし掻きながら、あー、と唸った。
……あー、って何だ。あー、って。

「元気、だったか」

「ああ」

「そうか」

木槌を用もないのに手の中でくるくると回す。
あいつが、深く息を吸い込む音がした。何か言うんだ。何を言うんだ。
愛用の木槌をきつく握りしめる。

「あのな」

「……おう」

「あの時、」

「俺、な」

何故だかとても怖かった。聞きたくない。耳を塞ぎたい。そんなこと出来ない。
だから俺は、あいつの言葉を遮って、言った。あいつの名前は呼べなかった。

「髪を切ったんだ。切ったんだよ」

「……あぁ、そうだな」

「似合うだろう」

「そうだな」

「悔しいだろう」

「別に、悔しかねえが……あまり他の奴には見せたくないとは思う」

「……訳分かんねえ」

そうか、なんて言いながら近寄ってくる足音が小さい音までやけによく聞こえる。
木槌を握る手にじわりと汗が滲む。

「逃げるなよ」

「うるせぇ」

「こっち見ろ」

「いやだ」

下から、休憩中の後輩の笑う声が聞こえる。空からの日差しが少し眩しい。

もう目の前まできている足を睨みながら、思う。
何でお前は、そんな簡単に俺と話そうとするんだ。何故、俺に近寄れるんだ。
今の俺にはどうしても出来ないことなのに。
俺は、大丈夫になったのに。どうして出来ないんだ。お前には出来るのに。
どうして俺にはこんなに難しいんだ。
どうしてお前はしてしまうんだ。
どうして、どうして、どうして。

「留三郎」

この声で呼ばれる自分の名前が随分久しぶりに頭に響いた。
思わず顔を上げた。目があう。

「何故、髪を切った」

あいつはずっと俺を見ていた。

「……き、で」

真っ直ぐなその目に射殺されると、本気で思った。

「好きで、好きで、好きだって言えないくらい好きな奴が居たから、だよっ」

やけくその俺の言葉にあいつは、文次郎は、目を丸くして驚いた。
その顔があまりにも間抜けでつい笑ってしまい、ばかたれ笑うな!、と怒られた。
久しぶりにちゃんと見た顔は赤くて、そして、目に溜まった涙で歪んで見えた。
嬉しかった。

――だけど、

なぁ、タカ丸。伊作。小平太。竹谷。誰か。
俺はこんなことを言うために髪を伸していたのではないと思うのは、おかしいかな。
なんて。
髪を切ると決めた時、あの時に思ったことがもう一度頭に浮かんだ。
『髪を伸したのは、こんなことを言うためなんかじゃなかった。』

ずっと堪えていたのに。今までずっと、堪えられたのに。
小平太の言った通りだ。俺の目は泣き虫だった。

出来ることならこのまま、零れ続ける涙に隠れて消えてしまいたい。
そんなことを思っていたら、顔を隠そうとした俺の腕をぎゅうと掴む温かな手にいつまでも気が付けないでいた。



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