最近、喧嘩をなさらないんですね、あの人と。
算盤を弾く手は止めないまま、田村が言った。
喧嘩をしてないどころか、話すらしていないそうじゃないですか、どうなさったんですか。 算盤を弾く音がうるさい部屋で、田村の声は低くはっきりと聞こえた。

「……そんなこと言ってお前、実はそんなに興味ないんだろう」

「おや、分かりますか」

こっち終わりました、と差し出されたものを受け取ってすぐにまた別のものを渡す。
あー…これ少し時間かかりますよ。そうか、頑張れ。はい、頑張ります。

「平がこの間」

手を止めて顔を上げると、田村も手を止めてこちらを見ていた。田村の顔には連日の疲労が濃く現れていた。

「心配していました。先輩のことを。それから、あの人のことを」

「平が? 何故」

田村は考え込むように眉間のしわをさらに深くして、止めていた手を動かし始めた。バチバチと算盤を弾く。

「……あいつ、私に言ったんです。食満先輩は優しい方だって。 ほら、平って嫌な性格してるでしょう。面倒くさいし鬱陶しいし、私も全然好きになれません。 あんなだから、あいつ、ずっと一人だったんです。綾部と仲良くなるまでは。 一人で陰口や仲間はずれに耐えていて、少し大人しくなった時があったんです。 毎日ずっと黙ってつまらなそうに俯いていました」

「田村、話が見えない。何を言いたいんだ」

「すみません。それで、ちょうどその頃に食満先輩と偶然出会い、言われたそうです。 忍者は自分を殺して闇の中で生きていくんだ、だからそれまでは、この学園を出るまでは、 周りの目なんか気にせず自分というものをさらけ出して太陽の下で生き生きしていれば良いんだ、って」

私からしたら迷惑極まりない助言だと思いますがね。
そう言ってほんの少し、笑った。

「……お前、実は平を好いているんだな」

「そんなんじゃありませんよ。ただ私はっ……あいつにそんなこと言える食満先輩はとても、優しい人なんだと、だから」

「分かるよ」

口からするりと言葉が出た。
俺も驚いたが、田村はもっと驚いたようで、真っ赤になった顔のままポカンと口を開けている。

「あの」

「分かるよ。あいつは、優しい」

「……潮江先輩だって優しいです」

「ありがとよ」

笑うと、田村は険しい顔をして、本当ですよ!と言った。

「優しい人同士で寂しい顔をされると、周りはそれ以上に寂しくなるんです。だから優しい人は優しい人同士でそばにいて、ずっとくっついていてください」



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