「もう枝にひっかからないで済むね」

授業の合間の休み時間。隣に座る伊作がまるで独り言のように言った。

「ああ、これで、後輩に呼び止められる時に引っ張られることも無くなる」

「そんなこと言って。痛がってたけど、あの呼び止められ方、実は好きだったろう」

「ああ」

手元を覗き込めば、薬の材料と効き目について細かくまとめられている。
書く手を止めずに喋り続ける伊作の前髪を、窓から入ってきた温い風が揺らした。
片方の手で前髪を、もう片方の手で風に揺れる紙を押さえた。
それを見て窓を閉めようと立ち上がりかけた時、伊作が言った。

「頭、軽い?」

「……ああ」

座り直して、涼しくなったうなじを撫でる。昨日までの重みがいまはもうない。

「もう平気?」

「――ああ」

何を、とは聞かなかった。向こうも聞いてこようとしなかった。

「ねえ、留三郎」

どこをともなく見ていた目で伊作を見た。
ついさっきまで文字に向けていたのと同じ目で、真剣な眼でこちらを見ていた。

「ああ」

「どこを好いたの」

窓から入り込む太陽の光が、伊作の髪を濃い茶色に輝かせた。
視界の端で俺の前髪が風に揺れる。


伊作。

なぁ、伊作。

まるで泣きだす前のような瞳になったのは、俺とお前の、どちらが先かな。



風が強く吹いて、伊作の今まで書いていたものが勢いよく宙を舞った。
あちこちに飛び散った紙を慌ててかき集める伊作を手伝いながら、俺はこっそり、 いつの間にか止めていた息をやっと吐き出した。



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