どこを好いたの。その問いに自分がどう答えたのか、覚えていない。
生物委員会に頼まれた虫の捜索の為に草の根を掻き分けながら、 自分でもぽつりと呟いてみた。どこを好いたの。さぁ、どこだったろう。

タカ丸は気付いていた。あれは恋だった。今なら自分にも分かる。今だから分かる。 あれは恋の長さ、あれは恋の重さ、あれは、あいつへの思いそのものだった。
きっとタカ丸だけが気付いていた。だから彼はあの時言ったのだ。髪はまた伸びる、と。それでも髪は伸びるのだ、と。 たくさんの意味を込めて、言ったのだ。
やんわりと風がうなじを撫でた。
あれは確かに恋だった。
なくしたくなかった。なくして良かった。
二つの気持ちが解けないほど絡み合っていて、今はまだ動けそうにない。


「とめ、とぉーめ」

声がして、近くの大樹を見上げると、太い枝に小平太が立っていた。
こちらを見下ろして、首を傾げている。

「泣いてるの」

「……泣いてねえよ。お前、一体そこで何してるんだ」

「委員会。裏々々山までの軽いランニング中にみんなが迷子になったみたいでさ。いま捜してるんだ」

「また好き勝手に突っ走ったんだろう。委員長が自由人で、平も苦労するな」

「滝は大丈夫さ。私が仕込んだからね」

ニィと笑って、枝から飛び降りた。猫のように音も立てずに着地すると、俺の横へ、俺と同じように屈んで座った。

「ねえ。何で泣いてるの。誰が泣かせたの」

「泣いてねえっつってんだろ。おら、よく見ろ」

「じきに泣くよ」

「泣かねぇよ! ……もう、いいからほら、早く捜しに行けよ」

「滝は、滝夜叉丸はさ、睫毛がとても多くて長いんだ」

「は?」

「だから涙がいつまでも目に溜まるんだ」

手近に生えていた草をむしり出した。よく見るとそれは薬草で、今どこかで怪我をしているかもしれない後輩たちに持っていくのか。

「けれどね、ずっと溜めてしまうから、だからあいつは泣かないんだ。我慢強いんだ」

小平太は、雲を見上げているのか鳥を追っているのか、どこかを見ながら続けた。

「留は違う。我慢強いし、泣かないけど、でも、滝夜叉丸とは違うんだよ」

顔を覗き込まれた。小平太のでかい目がじっとこちらを見つめている。

「留三郎の目はさ、そんなに涙を溜めておけないんだ。だから泣き虫なんだ」

「何を言って、」

「留が泣くのは、私は好きじゃない」

顔がさらに近寄って、もう鼻先がくっついてしまいそうな距離で、小平太が囁いた。

「さあ、言ってごらんよ。留をこんな風に泣かせるのは、一体どこの誰」

「……それを知って、お前はどうするんだ」

「そうだなぁ、どうしようかなぁ」

小平太はぐっと勢いよく立上がり、いつもの顔でからりと笑った。腰に手を当てて背中を伸している。

「気晴らしに誘う!、かな」

「どうやって」

小平太らしい考えに思わず笑う。
するとまたすぐに屈んできたので、こいつは忙しいやつだなと思った、その時。
掠めるように唇の横に口づけられた。

「こうやって」

言葉が出ない。口が勝手にぱくぱくと開け閉めを繰り返す。
そんな俺を小平太が目を細めて笑った。

「どうかな」

言葉が出なかったので、代わりに拳で返事をした。 返事は小平太の肩を狙ったはずだったが、あっけなく小平太の掌に掴まれた。

「おっと、危ないなぁ」

先程までとは違う、子どものような顔で笑っている。
ばか野郎。俺がそう呟くと小平太は嬉しそうにまた笑った。

「気晴らし、する?」

「しない!」

「あはは。元気でたね、あぁ、良かった」


遠くで名前を呼ばれた。
声の主は生物委員会の竹谷のようだ。きっと虫が見つかったのだろう。

「私もそろそろ行こうかな」

「こへ」

「うん?」

立ち上がりかけた小平太の袖を咄嗟に握った。

「あの」

「うん」

「ありがとう、な」

「うん!」

袖を離すと、その手を今度は小平太に力強く掴まれた。
軽く引っ張られ、喉のところをきつく吸われた。痛みは一瞬だった。

「隠れて一人で泣こうだなんて、しないでよ」

小平太はその言葉とともに、消えるように居なくなった。



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